洗脳されてた私が、辻本清美のピースボートで得たもの!? | ピースボートの歩き方

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海外は怖いと洗脳されていた私が、辻本清美がつくったピースボートで旅好きになった理由

わたしは政治家の辻本清美がつくったといわれるピースボートで世界一周するまで海外に興味がありませんでした。なぜなら「外国は北朝鮮みたいで怖いところだぞ」と家族が洗脳してきたからです。家族からの洗脳ですよ。「海外は北朝鮮みたいで恐ろしいとこだぞー」という洗脳を聞くんです。そのため海外に行きたくもありませんでした(笑)。高校の修学旅行先が北海道とオーストラリアの2択だったのですが、もちろん洗脳されるおそれがあるので、オーストラリアを選ばずに、北海道を選んだほどです。家元を離れて一人暮らしを始めたときにピースボートを見つけました。友人とノリで話しあって、ちょっとしたキッカケで説明会に行きました。世界一周経験者の話を聞いて少しずつ海外に興味をもち始めました。政治家の辻本清美がつくったとされるピースボートで旅好きへとなっていきました。しかし、その後、教員として数年働き始めました。

仕事を辞めNGOピースボートで世界一周に行くまで

教員時代に色々と考え方が変わりました。大学生時代に旅行で沖縄に行った話に遡ります(さかのぼります)。その時に沖縄陸上戦の象徴でもある「ひめゆりの塔」を訪れました。戦争の話は、教師をする上では、未来に伝えないといけないと思ったのを覚えています。けれども、実際に子ども達に教える立場となる教師になったときの平和教育授業の時にこんなことがありました。当時、別の先生が平和教育の授業をしたのですが、子どもが戦争の話にまったく興味をもてずにいたのです。なぜなのだろうと考えました。「もしかして、教師自身が戦争の話に興味、関心がないからではないか」と思いました。教鞭(きょうべん)をとって教えていた教師も本を読んでいただけで、そこに熱意は魅入られませんでした。そこで、子どもたちに授業を通して想いを伝えるにはどうすればいいのか自分はどうすれば成長できるのか考えました。そこででた答えは「教師自身、つまり自分が生の声を聞いて、自分の目で見て自分自身の教師の資質を育んでいくこと」と考えたのが、海外に行こうと決めたキッカケでした。

議員の辻元清美が元社員

そこから、ワーホリやら青年海外協力隊、留学、バックパッカーなど海外に行く方法を調べていきます。そんなときに知ったのが、国際NGOピースボートでした。当時の恋人が「ピースボートはどう?」みたいな情報をくれて調べてみると、わくわくする体験ができる。それ以上にお金がなくても行ける、戦争や貧困のことなどについて現地を訪れ考えることができるスタディーツアーもある。求めていたのはこれだ!と思い、ピースボートの旅行説明会に参加しました。洗脳、辻元清美、北朝鮮などのキーワードもでてきて躊躇(ちゅうちょ)したのですが数十年も続く実績を信じて説明会に行きました。直感で興味をもち、世界一周に行く準備も心づもりもないなか、キャンセル料がかからないから(正確には、申込日から10日以内に申込金5%を支払い、出航の3ヶ月前までキャンセル料はかからない。)と申込用紙にサインしました。ちなみに過去に北朝鮮に寄港したことがあるようですが、北朝鮮とは関係ありませんでした。また、議員の辻元清美は現在のピースボートとはまったく接触がないということもわかりました。過去に辻元清美がピースボートの元社員だったようです。

ピースボートに行くまでのトラブルと問題点

ここからピースボートの旅がスタートしていきます。けれども問題は山積みでした。20代でピースボートに乗ろうとするなら、誰もがたどる問題だと思います。ちなみにわたしはこの時20代です。大学卒業後の数年目でした。問題点は大きく3つあります。親、噂、お金、仕事です。

◆家族問題

親。わたしの中では、これが一番の問題になると思っていました。と言うのも、自他共に認める箱入りだったからです(泣)これを攻略するのは難しい!と思っていました。そのため、実家に帰ったときにそれとなーく聞いてみたことがあります。ちなみにこの時にはすでに世界一周のピースボートに申込みをしていました。「地球一周の船旅のピースボートってのがあっていつか行ってみたいと思いよるんよねー。」(よく言ったものだ。いつかではなくすでに半年後のクルーズに申し込んでいるんだから。)すると、思いがけない反応が返ってきました。「行っておいで!お母さんも協力するから!」これには本当にビックリしました。なんでもお母さんが若い頃に、自分の夢を親の反対で叶えられなかった経験があったらしく、自分の子どもには同じ思いをさせたくない!と思っていたそうです。なんと素晴らしい母親なんだろうと思いました。一番の壁(問題)は、壁なんかではなく勢いをつけるための坂道だったのです。その時、ピースボートに乗ることが半信半疑だったわたしは「絶対に世界一周してやろう!」という気持ちに様変わりしました。 続いて仕事。教師をしていたのですが、基本的には1年契約です。当時の校長先生に気に入っていただいたこともあり、次の年には担任を持たせると話してくださっていました。それだけに、なんとも言い出しにくい状況でした。

■ピースボートの噂(うわさ)

ネット上でピースボートの噂も氾濫していますよね。宗教に、セックスやりまくりのピンクボート、北朝鮮。検索ではセックス性処理ともでてきます。男性が性処理について心配しているのかもしれません。ピースボートを怪しい団体と思って正体を検索しているのでしょう。乗船したわたしからしたら全て噂でしかありませんでした。宗教といわれるほどほどまとまりはありませんでした。個人の価値観で動いています。今どきな感じです。ピースボートは北朝鮮で宗教でセックスやりまくりのピンクボート(2ちゃんねらーの匿名攻撃はすごいですね笑)と思って怪しいと思っているひともいるかもしれませんが、心配しなくても大丈夫ですよ。ネットの噂ほど故障もしなければ、北朝鮮、宗教、セックスやりまくりの怪しい団体でもありませんから。そうでなかければ、有名ゲストが乗船したり、ノーベル平和賞を受賞したりしないでしょうから。

■仕事先へ退職の交渉

12月にピースボートと出会い、3月に退職、その年の7月には乗船しました。 ピースボートと出会い、わずか1ヶ月後の年明けには、校長先生に話をしました。ちなみにこの校長先生、アンチ海外と周りの先生が口を揃えて言うほどです。これまた骨の折れる説得になりそうだと思いました。「世界一周のピースボートというのがあって、旅行もできるのですが、国際問題に触れることもできる旅で・・・」と話してみるとアンチ海外の校長先生には案の定、反対されました。ただ自分のことを思って反対してくれていました。それがとてもありがたかったです。「わざわざ海外いかなくてもいいのではないか。もう一度しっかり考えてみて。」そう言われ、その日は家路につきました。しかし海外に行きたいという思いは変わらず、翌日には改めて、校長先生に話しをしました。「そこまでいうなら世界を見てこい」と了承してくれました。

■お金の問題

そして次の問題がお金でした。ピースボートに乗ると決めた時の貯金は1万円(笑)。とにかく貯金とピースボートのボランティアスタッフ割引(略してボラスタ)だ!と体が動いていました。教師をしている間はとにかく節約&貯金をしました。退職後はバイトとポスター貼りをとにかく頑張りました(汗)。深夜のバイトをしたこともあります。当時はよく寝ずに世界一周のポスター貼りに繰り出したものです。若さに頼った戦い方でした。2ヶ月間でボラスタ割引を半額貯めたり、まわりの協力もあったことで世界一周の旅へこぎつけられました。

■ピースボートで世界一周の旅へ

世界一周をした年は、わたしにとって本当に激動の1年になりました。人生で一番悩み、様々な新しいことに挑戦し、人生がガラッと変わった年となりました。横浜港からピースボートが出航する日。それまでは自分が世界一周をするなんて夢にも思っていませんでした(海外にまったく興味なかった)。実際、ピースボートの出航前日までは全く実感がありませんでした。ピースボートの使うオーシャンドリーム号という船には約1000人のひとたちが乗船していました。その華々しいピースボートの出航式(セレモニー)は雨の中でおこなわれました。出航式(セレモニー)の最中には雨が上がり、日の光が差してきました。出港式終了後も、最後の一人になるまでデッキにいたのを覚えています。その時考えていたのは、絶対にこの3ヶ月を無駄にしないこと、そして家族やお世話になった教職員のみなさん、そしてピースボートスタッフやポスターを貼らせてくれた様々なお店への感謝の気持ちがこみ上げてきました。

■オーシャンドリーム号で世界一周スタート

そしてピースボートの100日間の旅が始まります。わたしの初海外となるのはベトナムのダナンという都市になります。なんともうるさく異臭の漂う国というのがファーストインパクトでした。ベトナムにはほとんど信号がなく、道行く車やバイクはクラクションを鳴らしながら走っており一様に驚いていました。商店街もご飯や生肉など様々な臭いがしていました(笑)。これが海外なのか、とワクワクしていました。アジアを渡り、中東のヨルダン。ここがわたしにとって国際NGOピースボートで世界一周しようと思った目当てでもあった場所なのです。ここでは、日本の生活では味わえないNGOならではのスタディーツアーがありました。イスラエルパレスチナ問題によって生まれたパレスチナ難民キャンプに訪問するというスタディーツアーです。難民キャンプでは衝撃の連続で、深く戦争について考えさせられました。そこでは初めて本物の憎しみや紛争というのを『知る』ことになりました。そして教育先進国の北欧に訪れます。そこでは学校に訪れ、子ども達の自主性や教師の関わり方を学ぶことができました。とても良い刺激となりました。世界遺産をみる観光ツアーもありますが、やはり若者にはNGOピースボートでしか味わうことのできない、現地民との交流するオプショナルスタディーツアーを体験することをオススメします。とても意味あるものになると思いますので、興味のないひとも1つは交流してみて欲しいと思っています。やっぱり海外に友達もできます。今でもFacebookで繋がってる若者たちがいます。

■ピースボートの楽しみ方

そしてピースボートの楽しみ方として知っておいてほしいのは、海外も刺激的で面白いですが、船内も楽しい!ということです。先に言っておきます。船内生活は暇ではありませんよ。むしろ日本にいる頃よりも大忙しだったのです(笑)。ただ自分のやりたいこと、自分が求めていたものでの忙しさなので、そりゃ毎日が楽しかったですね。乗船前に不安に思っていた宗教で洗脳されてしまうのではないか?辻元清美と政治が関係するのではないか?とネット上の情報で不安になったこともありましたが、ぶっちゃけネットの噂は真実ではありませんでした。そんな不安を払拭できたのも友人、仲間が相談の乗ってくれて後押ししてくれて、協力してもらったり、ボラスタでポスター貼ったりして頑張ったんです。1日たりとも無駄にはできません。寄港地(各ポイントを寄る港の地と書く)や船内生活での話はまた改めて書きます。と、まあ怒濤の1年を過ごしてきましたが、ピースボートはこれで終わりませんでした。

ピースボート

ピースボート帰国後のわたし

帰国後も自然災害のボランティアとして関わらせてもらいました。普段から日本で自然災害の被害にあったみなさんのことを気にすることもありましたが、行動には移せずにいました。なにかボランティアとして関わりたいという気持ちだけでした。世界一周から帰航した後に、国際NGOピースボートは日本の災害支援もしていました。災害支援に特化した「ピースボート災害支援ボランティアセンター」という組織です。わたしは「ピースボート災害支援ボランティアセンター」の力を借り、家にも帰らず世界一周から帰ってきたその足で、震災ボランティアへと向かいました。惨状は凄まじく、少し整備が進んだ町はさら地と化していました。仮設住宅で過ごす人の元へ毎日訪れました。人々は力強かったです。ここでも本当に多くのことを実践して学ばせて成長を実感できる1年になりました。

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